Column コラム
公開日: 2026.07.21
更新日: 2026.07.21
音楽の「グルーヴ」と身体運動
神戸大学の岡野真裕先生に、「グルーヴ体験」と身体運動に関する研究について、お話を伺いました。
ノリの良い音楽を聴いているとき、気分が良くなって、思わず身体をリズムに合わせて動かしたくなった経験がある人は多いのではないでしょうか。このような感覚は音楽心理学では「グルーヴ体験」と呼ばれており、2000年代から注目が高まっています❶❷❸❹。本コラムでは、まずグルーヴやグルーヴ体験とはどういう概念かを示します。その上で、グルーヴと身体運動との関係(特にウォーキングやランニングへの影響)、そしてグルーヴ体験に影響する要因についての研究を紹介します。
グルーヴとはどういう概念か
グルーヴはもともとジャズやロック、ファンク、ソウルなどの音楽ジャンルで使われてきた言葉です❺。日本語で言うと「ノリ」に近い言葉と考えられています❻。具体的な楽曲の例としては、様々な楽曲に感じるグルーヴの強さを評価してもらった実験で、スティーヴィー・ワンダーの「Superstition」が最も高い評価を得ました❷。ジャンルとしては、この実験のランキング上位の大半をソウルが占めていました。逆にランキング下位はフォークソングや、ロックの中でもいわゆるバラード系の楽曲が中心でした。
グルーヴやグルーヴ体験をより正確に評価するための概念整理は2020年頃までにある程度まとまり、「グルーヴ体験質問紙」が作成されました。グルーヴ体験質問紙は、音楽を聴いたときの身体を動かしたくなる感覚に関する3つの質問と、喜びや心地良い感覚に関する3つの質問の、合わせて6問で構成されています❸。2025年には日本語への翻訳と、翻訳版の性質を検証した研究も出版されました(筆者も分析をお手伝いしました)❼。
グルーヴと身体運動
グルーヴへの注目が高まった背景の1つには、神経学的音楽療法への応用が期待されるようになったことが挙げられると思われます。神経学的音楽療法とは、リハビリテーションなどにおいて音楽を身体や脳や感覚器官への刺激として用いる音楽療法のアプローチのことです。中でもグルーヴと関係が深いのはRhythmic auditory stimulation(RAS:リズミック聴覚刺激)と呼ばれる領域です。RASは歩行のリハビリでしばしば用いられる方法で、たとえばメトロノームや患者さんの好きな音楽を聴いてもらいながら、そのリズムを合図として歩いてもらいます。これだけの説明だと、リハビリへのモチベーションを引き出す効果を期待して音楽が用いられていると思われるかもしれません。ですが、実際に得られる効果はそれだけに留まりません。歩調をリズムと合わせてもらうことで動作が安定し、スムーズに歩けるようになることが知られています。しかも、脳卒中やパーキンソン病の患者に効果があることが多く報告されています❽❾。これらを鑑みると、医療施設、リハビリ施設において、日々のケアや運動プログラムへの音楽、BGMの導入によって、利用者の身体機能の維持やQOL向上に期待ができます。
健常者を対象にした研究でも、音楽が身体運動に影響を与えることが複数報告されています。たとえばウメオ大学(スウェーデン)の研究グループは、研究参加者に聴覚刺激(ドラムパターンなどの音楽的な刺激およびホワイトノイズ)を聞きながらそれに同期(シンクロ)して、または同期しないでランニングをしてもらうという実験を行いました。その結果、音楽的な刺激を聞きながらの条件で、歩幅が大きくなったことが報告されています➓。特に同期しながらの条件では、簡略化されたリズムのみの刺激より、楽器音が含まれた刺激を聞きながらの方が、その効果が大きかったようです。日本でも、グルーヴの弱い音楽を聴きながらのランニングより、グルーヴの強い音楽を聴きながらのランニングの方が、速度が高まりやすかったことを、流通経済大学と神戸学院大学の共同研究チームが報告しています(ただし統計的に有意な効果が認められたのは女性のみで、男性への効果は弱かったようです⓫)。筆者もUSENとの共同研究で、音楽を聞きながらのウォーキングでのグルーヴの効果を検証したことがあります。結果として、グルーヴの中でも「身体を動かしたくなる」という感覚を強く感じた曲の時ほど、歩行速度が上昇しやすいことがわかりました⓬。この実験結果をもとに作成された専用のBGM番組も、USENから配信されています。
グルーヴ体験に影響する要因
では、グルーヴ体験に影響する要因にはどんなものがあるのでしょうか。楽曲や演奏の側が持つ要因としては、テンポ、リズムパターンの複雑さ、そしてマイクロタイミング(演奏で生じる、譜面上のタイミングからの微小なずれ)が主に研究されています。テンポについては、同じドラムパターンを様々なテンポで提示すると、100~120 beat per minute程度という中庸なテンポのときに最もグルーヴ体験が強くなることが報告されています⓭。リズムパターンの複雑さについても、シンコペーション(アクセントを弱拍や裏拍にずらすこと)をほどほどに含む、単純ではないが複雑すぎもしないパターンに対して最もグルーヴ体験が強くなることが報告されています⓮。マイクロタイミングについては、ソリスト(主旋律パート)のリズムセクションに対するタイミングがダウンビートでは遅れ、オフビートでは同期していた場合に、ずれのない条件よりも高いグルーヴ評価が得られたという報告⓯があります。一方で、他のずれ方を検討した研究では、ずれているとグルーヴ体験が減じられたという結果が多く、ポジティブな効果を得るには繊細な調節が必要であることが示唆されています⓰。
もう1つの要因は聴取者側の性質です。同じリズム刺激を聴いていてもダンス経験を持つ人の方がグルーヴを有意に高く評価したという報告⓮や、リズム刺激をじっと動かず聴くより、リズムに合わせて動きながら聴いた方がグルーヴの評価が高くなるといった報告などがあります⓱。
グルーヴが運動に及ぼす効果への影響に関しても、楽曲側の要因と聴取者側の要因が検討されています。たとえば、ビートが分かりやすい聴覚刺激の方が刺激と歩調の同期が強まり、歩行速度も上昇しやすいことや、ビート知覚能力が低い実験参加者では、グルーヴの弱い音楽に歩調を合わせて歩くときに歩調のばらつきが大きくなりやすかったことが報告されています⓲。
まとめ
以上のように、グルーヴという感覚と身体運動との関係を巡る研究が近年盛んに行われています。応用の範囲も病院でのリハビリテーションを飛び出して、ウォーキングやランニングのような日常的なエクササイズに活用できるかという観点の検討も進みつつあります。さらには、本稿では深入りしませんが「他者との身体運動の同期が社会的絆を促進する」ということを示唆する研究領域ともグルーヴの研究はつながり始めています⓳。つまり、人間という動物の大きな特徴である社会性に関わる身体運動の同期を促進しうるという点で、音楽は注目に値する行為・文化であり、音楽に関わる概念の中でもグルーヴは、身体運動と強く関わるという点で特に注目に値するということです。このように、グルーヴという概念は基礎学問にとっても応用研究にとっても、大変な面白さと奥深さを持っています。グルーヴ研究の今後の発展を楽しみにしていただけたら、とても嬉しく思います。
参考文献:
❶Madison G. Experiencing Groove Induced by Music: Consistency and Phenomenology. Music Percept. 2006;24: 201–208.
❷Janata P, Tomic ST, Haberman JM. Sensorimotor coupling in music and the psychology of the groove. J Exp Psychol Gen. 2012;141: 54–75.
❸Senn O, Bechtold T, Rose D, Câmara GS, Düvel N, Jerjen R, et al. Experience of Groove Questionnaire. Music Percept. 2020;38: 46–65.
❹Etani T, Miura A, Kawase S, Fujii S, Keller PE, Vuust P, et al. A review of psychological and neuroscientific research on musical groove. 2024;158: 105522.
❺Kilchenmann L, Senn O. Microtiming in Swing and Funk affects the body movement behavior of music expert listeners. Front Psychol. 2015;6: 1232.
❻Kawase S, Eguchi K. The concepts and acoustical characteristics of ‘groove’in Japan. PopScriptum. 2010;11: 1–45.
❼Kawase S, Okano M, Bechtold T, Senn O. Japanese version of the experience of groove questionnaire (EGQ-JA) translation and validation. Music Percept. 2025;43: 91–103.
❽Thaut MH.(著), 三好恒明, 頼島敬, 伊藤智, 柿崎次子, 糟谷由香, 柴田麻美(訳). 新版 リズム, 音楽, 脳. 協同医書出版社; 2011.
❾ Thaut MH, Hoemberg V.(編), 糟谷由香(監訳), 畦川恵, 阿比留睦美, 上羽祐亮, 栗林文雄(訳). 神経学的音楽療法ハンドブック. 一麦出版社; 2018.
➓Ramji R, Aasa U, Paulin J, Madison G. Musical information increases physical performance for synchronous but not asynchronous running. Psychology of Music. 2016;44: 984–995.
⓫Suwabe K, Kawase S. High-groove music boosts self-selected running speed and positive mood in female university students. Front Sports Act Living. 2025;7: 1586484.
⓬岡野真裕. 音楽のグルーヴ感が歩行速度に及ぼす影響. In: 音空間デザインラボwebサイト. 2022/12/26(最終閲覧:2026/6/10) https://usen.com/portal/otodesign/study/study_032.html
⓭Etani T, Marui A, Kawase S, Keller PE. Optimal tempo for groove: Its relation to directions of body movement and Japanese nori. Front Psychol. 2018;9: 462.
⓮Witek MAG, Clarke EF, Wallentin M, Kringelbach ML, Vuust P. Syncopation, body-movement and pleasure in groove music. PLoS One. 2014;9: e94446.
⓯Nelias C, Sturm EM, Albrecht T, Hagmayer Y, Geisel T. Downbeat delays are a key component of swing in jazz. Commun Phys. 2022;5: 237.
⓰惠谷隆英, 三浦哲都, 河瀬諭., 工藤和俊, 藤井進也. マイクロタイミングに着目したグルーヴ研究の展望. 心理学評論. 2023;66: 37–49.
⓱Tanabe H, Nakajima M, Shiratori M, Yamamoto K, Okano M. Embodied groove-synchrony model: movement context reshapes groove-synchrony coupling and its dominant timescale. Front Psychol. 2026;17: 1803480.
⓲Leow L-A, Watson S, Prete D, Waclawik K, Grahn JA. How groove in music affects gait. Exp Brain Res. 2021;239: 2419–2433.
⓳Stupacher J, Matthews TE, Pando-Naude V, Foster Vander Elst O, Vuust P. The sweet spot between predictability and surprise: musical groove in brain, body, and social interactions. Front Psychol. 2022;13: 906190.
キーワード:運動・健康・グルーヴ・リズム・ウォーキング
神戸大学 大学院人間発達環境学研究科 岡野真裕准教授
2017年、東京大学大学院総合文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。同年より立命館大学専門研究員、日本学術振興会特別研究員(PD)を経て現在、神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授。教育心理学、身体運動科学、認知科学を背景に、身体と環境の相互作用の観点から、音楽家やダンサーのスキルの研究に従事している。