Column コラム
公開日: 2025.07.30
更新日: 2025.07.30
保育における音楽
玉川大学赤ちゃんラボの梶川祥世先生に、音楽と乳幼児の発達の関係についてお話を伺いました。
体操、ダンス、お昼寝。赤ちゃんや子どもたちが日々を過ごす保育園や幼稚園、こども園では、さまざまな場面で音楽が使われています。その他にも絵本読みや食事の場面、または皆で歌ったり演奏したり。音楽がまったく流れない日はないと言っても過言ではないかもしれません。
乳幼児期から、このように音楽を聴いたり演奏したりすることは、発達にどのような影響があるのでしょうか。
音楽能力の発達
音楽経験によって影響を受ける能力、まず1つめは音楽能力です。人間には生まれながらにして、リズムに対する特別な反応や、メロディックな音声への注目など、音楽的な行動特性が備わっています。これらの音を感じとる力と、音を使い全身で表現する力を基礎として、成長に伴って「文化」としての音楽を学習し、身につけていくことになります。
このような音楽の学習は、たとえば音程を聞きわける、ハーモニーの違いがわかる、リズムの変化に気づく、またそれらを使い分けて表現するなどの能力にかかわってきます。多くの音楽経験を積み重ね、またそれを能動的に取り入れていくことで、音楽の理解力や表現力が豊かに育っていきます。
音楽以外の能力への効果
さらに音楽経験が赤ちゃんや子どもにもたらす影響として、音楽以外の能力の発達があげられます。感情、ことば、社会性、運動などの発達と音楽との関連が、長く注目されてきました。これらの情報処理を司る脳の領域は、音楽を聴いているときに活動する脳領域と重複していることが示されており、共通点があることが議論されています❶。
これらの中から、感情、ことば、社会性と音楽経験の関係についてみていきましょう。
(1)感情
音楽を聴くとおだやかな気持ちになったり、悲しみが癒される気がしたりするように、音楽は感情と強い結びつきをもっています。
赤ちゃんは、テンポがゆったりとした子守歌を聴くことを好みます。赤ちゃんが1人でいるような状況でも、赤ちゃんに歌いかける歌声や、ゆっくりとしたオルゴール曲を流していると、赤ちゃんのご機嫌が長く続くことがわかっています❷。一方で、お母さんに抱っこされている状態では、6~12か月齢の赤ちゃんはゆっくりな音楽よりも、メロディーや音の変化が多く、テンポの速いにぎやかな音楽を聴いているときの方が、長く集中していました❸。このように月齢や状況に応じて適する音楽は異なるものの、赤ちゃんの感情を調整する役割は共通しているのです。また、ふだんから音楽を聴きなれている赤ちゃんは、お母さんの歌いかけやCDの歌を聴くとご機嫌でいる時間が長かったり❹、楽器演奏の音楽に対しても注意を向けたりと、音楽への関心が高まるようです。
(2)ことば
音楽とことばには、「音」を聴く、理解する、記憶するなど、多くの共通点があります。音楽を聴いたり演奏したりする経験が多いと、ことばの音を聴きわける力や短時間おぼえておく力が伸びていることから、この共通点がことばの能力の発達を後押しすると考えられます。
ことばの発達に対する音楽経験の影響は、0歳の赤ちゃん期からみられます。音楽を聴きながら親子で身体を動かすプログラムに6か月間参加した赤ちゃんは、身ぶりコミュニケーションの発達が早かったこと❺や、6か月時に親の歌いかけが多かった赤ちゃんは、1歳すぎに理解できることばの数が多かったこと❹が報告されています。歌いかけは語りかけよりも赤ちゃんの注意を惹きつけやすく、ことばの音を聞き取りやすくすること❻、また歌いかけ場面では身体を一緒に動かしたり、気分が安定したりすることが関連していると考えられています。
3~4歳児では、音楽のリズムを聴きわけたり演奏したりする能力が高いと、ことばの音の違いに気づく力も高くなっていました。またメロディーを聴く力と文法能力に関連がみられています❼。さらに4~5歳児でも、家庭での音楽経験とことばの能力が関係しています❽。母語以外の言語を学ぶ力にも影響があるようです。平均して1年半ほどの音楽教育を受けた8歳児で、非母語の英語の読み・理解テストのスコアが高いことが示されました❾。
(3)社会性
音楽は人と人をつなぐコミュニケーションツールです。音楽を歌ったり演奏したりすると、演奏者・聴衆ともに、音楽にあわせて自然と身体を動かし、一体感を感じます。1人でイヤホンを通して音楽を聴いているときであっても、時空間を越えて演奏者とつながっていると言えるでしょう。
赤ちゃんは、特に親など身近な大人の歌声が大好きですが、歌は“仲間”を見分けるシグナルともなっているようです。親が赤ちゃんに歌いかけていた歌を歌う初対面の人と、知らない歌を歌う別の人の映像を見せると、赤ちゃんは前者により注目したという興味深い実験結果があります❿。1歳すぎの子どもは、歌いかける、朗読する、黙っている、の3条件で実験者が働きかけた後に困っていると、歌いかけと朗読の条件で多く助ける傾向を示しました。また助ける時に子どもがもっとも接近したのは、歌いかけ条件のときでした⓫。ここでも、親近感を導く役割を音楽が果たしたということかもしれません。
幼児期から児童期にかけての実行機能の発達と、音楽教育を受けた経験の関連も指摘されています⓬。実行機能の中でも特に、社会性の発達にかかわってくる、感情を抑制・調整したりする能力に大きな影響がみられています。音楽には拍子やフレーズが繰り返し現れるため、先の展開を予測しやすく、音楽に合わせた身体運動が引き出されやすくなります。これは人々の動きを同期させ、自他の境界をあいまいにします。また歌やダンスによって、脳内の報酬系ネットワークが活性化し、心地良よい気分に満たされ、社会的な結びつきが促進されるのです⓭。
年齢別の音楽の取りいれ方
最後に、音楽のもつ効果を踏まえつつ、子どもの発達にあわせた音楽の取りいれ方、楽しみ方について考えてみたいと思います。
(1)0歳
赤ちゃんは人の声にとても惹きつけられ、そのメロディーをまねて発声することがあります。これも音楽的な行動の1つです。さまざまな音に関心を向け、音楽のリズムに反応して、身体を動かすこともあります⓮。
歌遊びは、赤ちゃんの落ちつきやうれしい気持ちを引きだし、大人も一緒に集中することで、共存感覚が高まります。安心した心地良さとともに、音楽を経験したい時期です。ゆっくりとしたテンポの子守歌や、繰り返しのある短めの遊び歌が効果的です。その他にもさまざまなジャンルの音楽を聴く経験が、赤ちゃんの音楽への関心を伸ばすことにつながります。
(2)1歳
理解できることばが増えて、発語することも少しずつ出てきます。歌の歌詞の一部、特にフレーズの最初の部分や終わりの部分を歌うことがあります。子どもが知っていることばが歌詞に含まれた歌を歌って、子ども自身が声を出す楽しさを分かちあいましょう。
好きな音楽を繰り返し聴きたがる、音楽に対して全身でリズミカルに反応するなど、より能動的な反応もみられます。聴覚に加えて、視覚・触覚・身体感覚など、複数の感覚、そして全身を使って音楽を味わい、表現します。日常生活の場面にあった音楽を流したり歌ったりすることは、次の行動への予測をしたり気持ちを整えたりすることを助けるでしょう。
(3)2~3歳
歌の一部分から、次第に1曲全部が歌えるようになってきます。ことばの抑揚やリズムを感じとり、音程をとろうとします。また、音楽にあわせてジャンプしたり、腕をふったり、大きく活発にリズミカルな動きをします。身体を自由に動かし、音楽の感情やイメージを思い思いに身体で表現してみましょう。母語以外の言語の歌や、世界の音楽や器楽曲を聴く経験が、さらに音の世界を広げていきます。
(4)4~5歳
音楽の表すイメージを、大人と同じように理解できるようになってきます。雄大な情景やいろいろな動きをする動物たち、ドキドキするスリルに満ちた冒険、深い悲しみなど、音楽からイメージや感情を感じとります。音の違いを聴きわけ、自分でリズムやメロディーを作って表現することにもつながってきます。さらに、簡単な歌遊び、歌を1人または他の子どもたちと一緒に歌う、といったように、自立して、また協調して音楽を表現します。
それぞれの家庭では、大人や家族の好きな音楽や、流行の音楽に触れることが多いかもしれません。園生活は、他のお友だちや先生たちと一緒に新しいことに出会える貴重な機会です。子どもたちの生涯を彩る音楽との素敵な出会いがあることを願っています。
参考文献:
➊ Nummenmaa, L., Putkinen, V., & Sams, M. (2021). Social pleasures of music. Current Opinion in Behavioral Sciences, 39, 196-202.
➋ 梶川祥世, & 黒石純子. (2011). 母親音声に対する乳児の心拍反応--歌唱と朗読の比較. 玉川大学脳科学研究所紀要= Tamagawa Brain Science Institute bulletin, (4), 11-17.
➌ USEN (2024) 乳児をごきげんにする音楽. 音空間デザインラボ
https://usen.com/portal/otodesign/study/study_039.html
➍ Franco, F., Suttora, C., Spinelli, M., Kozar, I., & Fasolo, M. (2022). Singing to infants matters: Early singing interactions affect musical preferences and facilitate vocabulary building. Journal of Child Language, 49(3), 552-577.
❺ Gerry, D., Unrau, A., & Trainor, L. J. (2012). Active music classes in infancy enhance musical, communicative and social development. Developmental Science, 15(3), 398–407.
❻ Falk, S., Fasolo, M., Genovese, G., Romero‐Lauro, L., & Franco, F. (2021). Sing for me, Mama! Infants' discrimination of novel vowels in song. Infancy, 26(2), 248-270.
❼ Politimou, N., Dalla Bella, S., Farrugia, N., & Franco, F. (2019). Born to speak and sing: Musical predictors of language development in pre-schoolers. Frontiers in Psychology, 10, 948.
❽ Williams, K. E., Barrett, M. S., Welch, G. F., Abad, V., & Broughton, M. (2015). Associations between early shared music activities in the home and later child outcomes: Findings from the Longitudinal Study of Australian Children. Early Childhood Research Quarterly, 31, 113-124.
❾ Swaminathan, S., & Gopinath, J. K. (2013). Music training and second-language English comprehension and vocabulary skills in Indian children. Psychological Studies, 58, 164-170.
❿ Mehr, S. A., Song, L. A., & Spelke, E. S. (2016). For 5-month-old infants, melodies are social. Psychological Science, 27(4), 486-501.
⓫ Cirelli, L. K., & Trehub, S. E. (2018). Infants help singers of familiar songs. Music & Science, 1, 2059204318761622.
⓬ Rodriguez-Gomez, D. A., & Talero-Gutierrez, C. (2022). Effects of music training in executive function performance in children: A systematic review. Frontiers in Psychology, 13, 968144.
⓭ Tarr, B., Launay, J., & Dunbar, R. I. (2014). Music and social bonding:“self-other” merging and neurohormonal mechanisms. Frontiers in Psychology, 5, 1096.
⓮ 谷村宏子. (2010). 自閉症児にみられる音楽行動の変容―乳幼児音楽行動の発達プロセススケールの作成を通して―. 保育学研究, 48(1), 10-22.
キーワード:保育・育児・子ども・発達
玉川大学 赤ちゃんラボ 梶川祥世教授
玉川大学リベラルアーツ学部/脳科学研究所教授。玉川大学赤ちゃんラボにて、音楽と言語による音声コミュニケーションの発達、乳児の音声知覚、乳幼児期の親子間相互作用にかんする研究に従事。著書に「こどもの音声」(コロナ社, 2019年)、「教えと学びを考える学習・発達論」(玉川大学出版部, 2022年)(いずれも分担執筆)など。