Column コラム

公開日: 2026.05.28

更新日: 2026.05.28

多感覚経験をデザインする感覚マーケティング

早稲田大学の須永努教授に、視覚や聴覚にアプローチする感覚マーケティング研究についてお話を伺いました。

 

感覚同士の結びつきとマーケティング

「音を聞くと色が見える」――そんな不思議な経験をする人たちがいます。これは共感覚と呼ばれる現象です。例えば、音楽に色を感じたり、文字や数字に特定の色がついて見えたり、数字を空間的な位置や形として認識したりする人がいます。成人ではごくまれにしか見られない現象ですが、共感覚は、私たちの感覚が必ずしも別々に働いているわけではないことを教えてくれます。
 もっとも、感覚同士の結びつきは、共感覚者だけに見られる特別なものではありません。共感覚者以外の人々も、日常の中で複数の感覚を結びつけながら世界を経験しています。例えば、音を「明るい」「暗い」と感じたり、色を「軽い」「重い」と感じたりすることがあります。このように、多くの人々が共通して有している感覚間の対応関係をクロスモーダル対応といいます。

近年の感覚マーケティング研究によって、さまざまな感覚の組み合わせが消費者の評価や選択に影響を及ぼすことが明らかにされています。その中で私は、音楽の周波数(音の高さと密接な関連があります)が商品の明るさに対する好みに与える影響など、視覚と聴覚の相互作用に焦点を当てて研究してきました。そこから見えてきたのは、同じ商品や空間であっても、そこに流れる音楽、商品の色や陳列位置によって、私たちの感じ方や好みは変わるという興味深い現象です。

感覚同士の結びつき、すなわちクロスモーダル対応は、自分が思っている以上に、日常の判断や選択に入り込んでいます。例えば、陳列棚に並ぶ商品を思い浮かべてみてください。明るい色のパッケージは、暗い色のパッケージよりも、「軽い」印象を与えます。また、陳列棚の上の方に置かれた商品は、下の方に置かれた商品より「軽く」感じます。

このように色の明るさと棚の位置が感覚的に一致している陳列は、消費者にとって見やすく、商品を探しやすくする効果、つまり購買意思決定をスムーズにする効果があります❶。明るい(軽く見える)色の商品を(軽く感じる)上段に置き、暗い(重く見える)色の商品を(重く感じる)下段に置くと、買い物客が「しっくりくる」陳列になるというわけです。その結果、買い物客はその棚で売られている商品を好ましいと評価しやすくなり、WTP(Willingness to Pay: 商品に支払っても良いと思える金額)が高まる傾向にあることも示されました。スナック菓子のバーチャル陳列棚を使った実験では、商品の明るさと位置が一致している陳列棚は、両者が一致していない陳列棚に比べて、WTPが平均で1袋あたり約70円も高くなりました。これは、売場づくりが単なる見た目の美しさだけでなく、人間が無意識にもっている感覚間の対応関係に沿って設計されることで、消費者の商品評価や購買意欲を高める余地があることを示唆しています。

音楽と空間の印象、商品の評価との関係

音楽にも、同じような力があります。広告や店舗で使われるBGMの周波数(高さ)は消費者が感じる「音源との距離」と関連があり、それによって、好ましい情報のあり方まで変わるのです❷。具体的には、人は低周波数の音楽を聞くと、その音源が遠くにあると感じる一方で、高周波数の音楽は、音源が近くにあるような印象を与える傾向にあります。低周波数の音楽は心理的な「遠さ」を感じさせるので、抽象的なメッセージと相性が良くなります。反対に、高い周波数の音楽は心理的な「近さ」と結びつくので、具体的なメッセージとの相性が良くなります。したがって、ブランドの理念や世界観を伝えたいときと、商品の使い方や具体的な機能を伝えたいときでは、異なる音楽(の高さ)を選択する必要があるでしょう。高級ブランドのように、手の届かない憧れのイメージを持たせたい場合は低周波数の音楽、親しみがあって身近なブランドであるというイメージを付与したい場合は高周波数の音楽をそれぞれ選択するといった具合です。

消費者の心理や行動に影響を及ぼす音楽の要素は、音の高さに限りません。演奏する楽器の「音色」にも、さまざまなクロスモーダル対応が存在します。同じ高さ、同じメロディであっても、ピアノで演奏されるのか、バイオリンで演奏されるのか、フルートで演奏されるのかによって、私たちが受け取る音楽の印象は大きく変わります。これが、音色と呼ばれる音響要素です。音色には、「明るい」「なめらか」「重い」「軽い」「硬い」といった特定の印象が伴います。例えば、人はハンドベルの音色に「冷たい」「軽い」「鋭い」といった印象を抱きます。そして、こうした印象が商品の視覚的なデザインと一致すると、消費者はその商品を高く評価しやすくなります。例えば、ハンドベルが奏でる音楽は、同じような印象を与えるサテン生地の質感と組み合わせた方が、「暖かい」「重い」「鈍い」といった質感のカーペットと組み合わせるよりも、消費者から好ましい反応を引き出しやすくなります❸。反対に、カーペットの質感は、類似した印象であるオルガンの音色と組み合わせると効果的です。 

これら一連の研究は、BGMを「雰囲気づくりのための音」としてだけ捉えるのでは不十分であることを示しています。音楽は、空間の印象を変えるだけでなく、そこで提示される情報の意味づけにも関わっているのです。低い音、高い音、明るい音色、重厚な音色――それらは単なる音響的特徴ではなく、消費者が商品やメッセージをどのように理解し、評価するかに関わる手がかりとして機能するということです。

無意識下で起きる感覚経験

興味深いのは、こうした効果が、必ずしも消費者本人に意識されているとは限らないという点です。私たちは店内で音楽を聞き、商品棚を眺め、パッケージの色や質感を目にします。その一つひとつを分析しているつもりはなくても、感覚同士の組み合わせが「合っている」かどうかを無意識のうちに感じ取っているのです。言い換えれば、消費者は理屈ではなく、経験全体として「心地よい」「わかりやすい」「このブランドらしい」と判断していると言えるでしょう。だからこそ、店舗やブランドの空間づくりでは、視覚や聴覚といった感覚を別個に考えるのではなく、1つの多感覚経験として認識し、デザインすることが重要になります。映像、照明、サイネージ、パッケージ、BGM、店内放送、音声広告、香り、手触りといった各要素が個別には魅力的であっても、それらが互いに対応していなければ、消費者は無意識のうちに違和感を覚える可能性が高いです。反対に、それらが同じ方向を向き、調和していれば、空間全体の印象はより自然で、魅力的で、記憶に残るものになるでしょう。

音は目に見えません。しかし、音には目に見えるものの感じ方を変える力があります。色や形もまた、聞こえてくる音の意味を変えます。消費者が経験しているのは、個々の感覚の足し算ではなく、それらが組み合わさって生まれる1つの世界なのです。感覚マーケティングの役割は、そうした感覚世界をより好ましく、より豊かなものになるようマネジメントすることにあると言えるでしょう。

早稲田大学 マーケティング・コミュニケーション研究所

須永努教授

早稲田大学商学学術院教授(2022年4月~)。博士(商学)。専門は消費者行動論、マーケティング論。現在、日本消費者行動研究学会副会長(次期会長)、日本商業学会理事などを務める。主な業績に、Sunaga, T., Moriguchi, T., Nishii, M., & Spence, C. (2025). “Connotative Congruency Effect Between Instrumental Timbre and Visual Design Features on Consumer Decision-Making.” Psychology & Marketing, 42(8), 2136–2165 などがある。

参考文献:

❶Sunaga, T., Park, J., & Spence, C. (2016). Effects of lightness-location congruency on consumers’ purchase decision-making. Psychology & Marketing, 33(11), 934-950. https://doi.org/10.1002/mar.20929
❷Sunaga T. (2018). How the sound frequency of background music influences consumers’ perceptions and decision making. Psychology & Marketing, 35(4), 253–267. https://doi.org/10.1002/mar.21084
❸Sunaga, T., Moriguchi, T., Nishii, M., & Spence, C. (2025). Connotative congruency effect between instrumental timbre and visual design features on consumer decision-making. Psychology & Marketing, 42(8), 2136-2165. https://doi.org/10.1002/mar.22222

キーワード:センサリーマーケティング・小売・感覚・五感・BGMの選び方

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