Column コラム
公開日: 2025.09.16
更新日: 2025.09.16
食を左右するBGMの効果
昭和女子大学の池上真平先生に、音楽がもたらす食事中のさまざまな効果についてお話を伺いました。
私たちの食行動は、五感に支えられています。まず味覚は、言うまでもなく食べ物の味を知覚する上で欠かすことができない感覚です。口内に入ってきた物質を捉えて、甘味、旨味、苦味、酸味、塩味などの味を知覚します。嗅覚もまた味を感じる上で大切です。口内で知覚する味に加えて、食べ物の香りを鼻で捉えることで、私たちは風味を楽しむことができます。皮膚感覚についても、舌触り、歯応え、食材の温かみを感じさせてくれる重要な感覚です。視覚はどうでしょうか。「料理は目で食べる」という言葉があるように、食材の彩り、盛り付け方、食器、さらには食事をする空間のインテリアといった環境は、食体験の満足度を左右すると一般的にも考えられています。そして残る感覚が聴覚です。他の感覚と比べて見落とされがちのように思うのですが、実は食事中の音環境は、私たちの食行動にあらゆる面で影響を及ぼしているのです。
本コラムでは、食事中のBGMがもつ多様な効果について取り上げます。まずいくつかの効果について短く触れて、最後に驚くべき「味を変える」効果について紹介します。
マスキング効果
ある音の存在によって、他の音が聞こえづらくなる現象のことを聴覚マスキングといいます。BGMには騒音となりうる他の音を聞こえづらくする効果があります。たとえば、飲食店で食事中にBGMが流れていることで、店外の雑踏音、店内の食器同士がぶつかる音や、周囲の会話音が気になりにくくなります。また、複数人で食事を楽しむお客さんにとっては、自分たちの会話が周囲に漏れづらくなるので、より気兼ねなく食卓でのコミュニケーションに集中できると考えられます(ただしBGMを大きくし過ぎると、余計に声を張り上げなくてはいけなくなるので注意が必要でしょう)。
食事のペースに影響
BGMは、食事のペースに影響することが複数の研究によって示されています。すなわち、速いテンポのBGMのもとでは食事がより速く、反対に遅いテンポのBGMのもとでは食事がより遅くなるのです❶❷。
空間演出効果
BGMには、飲食店内の印象を変える効果があります。たとえばイギリスのノースとハーグリーヴスは、大学のカフェテリアでフィールド実験を行いました。クラシック、ポップ、イージーリスニング、音楽なしという4つのBGM条件の間で比較したところ、店内の印象がBGMに左右されることが示されました。たとえばBGMがクラシックの時には高級でエレガント、ポップの時は陽気な雰囲気を感じさせたのです❸。
消費促進効果
複数の研究が、店内BGMによって飲食物の消費意図が変わることを示しています。前述の研究では、BGMによって特定のメニューに対して払っても良いと思える金額が異なることが示されました。例えばカレーランチの場合、BGMがないと平均1.77ユーロでしたが、クラシック音楽がかかっていると平均2.27ユーロでした。ランチフォートゥーというメニューの場合、BGMがないと平均3.03ユーロでしたが、クラシック音楽がかかっていると平均3.90ユーロ、ポップ音楽がかかっていると平均3.76ユーロと高く回答されました❸。また、イギリスのレストランで行われたフィールド実験では、BGMをクラシック音楽、ポップ音楽、音楽なしと3条件設けて、顧客の飲食行動がどのように異なるのか検討したのです。結果、クラシック音楽をBGMに用いた条件において、他の2条件よりも食事の消費金額が高くなったのです❹。
味を変える効果
さらに驚くべきことは、BGMが飲食物の味の評価までをも左右してしまうことです。ノースが行った研究では、BGMがワインの味評価を高めることが示されました。実験では、「力強く重厚」、「繊細で洗練された」、「刺激的で爽快」、「まろやかで柔らかい」、というそれぞれの聴取印象をもつ4種類の音楽が用意され、「音楽なし」条件も加えた5条件が設定されました。実験参加者は、それぞれのBGM条件のもとで赤ワインや白ワインを飲んで、味を評価しました。その結果、4種類それぞれのBGMのもとでは、それぞれのBGMが持つ情緒的特徴と一致するように、ワインの味がより高く評価されたのです。例えば、「力強く重厚」なBGMを聴きながら赤ワインを飲んだ時、音楽がない場合よりも「力強く重厚」な味評価は60%高くなりました。また「刺激的で爽快」なBGMを聴きながら白ワインを飲んだ時、音楽がない場合よりも「刺激的で爽快」な味評価は40%高くなりました❺。
ワインと音楽のマッチングもまた重要なようです。スペンスらの研究では、まず実験1でワインと音楽との間に相性の良しあしが存在することが示されました。例えば、2004年のシャトーマルゴー(赤ワイン)は、チャイコフスキー「弦楽四重奏曲第1番」の優美な曲調と非常によくマッチしました。そして実験2では、相性が良かった音楽がある条件とない条件で、ワインの味を評価しました。その結果、音楽がない状態でワインを飲む時よりも、そのワインに「合う」と評価された音楽を聴きながらワインを飲んだ時の方が、そのワインの「楽しさ」や「甘さ」がより高く評価されました❻。
BGMによる影響は、食感にも及びます。レイノーソ・カルヴァーリョらは、チョコレートの食感について検討しました。参加者は同じチョコレートとは認識しないまま、異なるBGMを聴きながら2回同じチョコレートを食べました。クリーミーな聴取印象をもつ音楽をBGMとして聴きながらチョコレートを食べた時の方が、粗い聴取印象を持つ音楽をBGMとして聴きながらチョコレートを食べた時よりも、チョコがより「クリーミーで甘い」と評価されたのです❼。
さいごに
以上にみてきたように、BGMには、私たちの食体験を色々な面で左右する力があるのです。特に、最後に紹介した味の評価を変えてしまうという効果には、多くの読者の方が驚かれたのではないでしょうか。これまでの研究からは、「BGMを聴きながら食べると、BGMがもつ情緒的性格に近づくように食べ物の味を感じやすくなる(ただしBGMと食べ物の相性も要考慮)」ということが言えそうです。食事の時間をより充実したものにするためにも、音楽の力を積極的に借りてみてはいかがでしょうか。飲食店を営む方々にとっては、丹精込めて作り上げたお料理を提供する際、最後の隠しスパイスとして音楽を活用できるかもしれません。「どのような店内の雰囲気で、お料理をどのように味わってほしいか」といったことを念頭に、お料理との相性も意識しながらぜひ音楽を選んでみてください。
引用文献:
❶Caldwell, C., & Hibbert、 S. A. (2002). The influence of music tempo and musical preference on restaurant patrons’ behavior, Psychology & Marketing, 19, 895-917.
❷Milliman, R. E. (1986). The influence of background music on the behavior of restaurant patrons, Journal of Consumer Research, 13, 286-289.
❸North, A. C., & Hargreaves, D. J. (1998). The effect of music on atmosphere and purchase intentions in a cafeteria. Journal of Applied Social Psychology, 28(24), 2254–2273
❹North, A. C., Shilcock, A., & Hargreaves, D. J. (2003). The Effect of Musical Style on Restaurant Customers’ Spending. Environment and Behavior, 35(5), 712-718.
❺North, A. C. (2012). The effect of background music on the taste of wine. British journal of Psychology, 103(3), 293-301.
❻Spence, C., Richards, L., Kjellin, E., Huhnt, A. M., Daskal, V., Scheybeler, A., Velasco, C. & Deroy, O. (2013). Looking for crossmodal correspondences between classical music and fine wine. Flavour, 2(1), 29.
❼Reinoso Carvalho, F., Wang, Q. J., van Ee, R., Persoone, D., & Spence, C. (2017). "Smooth operator": Music modulates the perceived creaminess, sweetness, and bitterness of chocolate. Appetite, 108, 383–390.
キーワード:食事・味覚・五感・飲食店
昭和女子大学 人間社会学部 心理学科 池上真平准教授
博士(心理学)。2014年青山学院大学教育人間科学部助手、2017年同助教を経て、2019年昭和女子大学心理学科に着任。日本音楽知覚認知学会幹事。昭和女子大学生活心理研究所所員。専門は音楽心理学、認知心理学、実験心理学。人の感性を支える心の働きに関心を持っており、音楽が行動・感情・意志決定などに及ぼす影響やその心的プロセス等の研究をおこなっている。