公開日:2024年9月17日
ビッグファイブから見る、オフィスのBGM効果
どのような性格や個人特性を持つオフィスワーカーがBGMの影響を受けやすいのか、ビッグファイブ理論をもとに、大阪樟蔭女子大学の山崎晃男教授にお話を伺いました。
BGMには様々な効果がありますが、オフィスで用いる場合は特に、気分よく働ける、仕事でのストレスが減るといった感情に関わる効果と、仕事がはかどる、コミュニケーションが円滑になるといった職務遂行に関わる効果が問題となります。また、そうしたBGMの効果に影響を与える要因には、BGMの音楽的特徴や行われている職務内容の他、BGMを聴いている人の性格、音楽の好み、BGMに対する態度などといった個人特性、オフィスの広さや背景騒音のレベル、働いている人の数や密度、さらには時間帯や明るさ、天候などといった環境条件など、様々なものがあります。これまでBGMが流されている下での課題遂行について数多くの研究が行われてきましたが、その結果は、必ずしも一貫したものではありませんでした。その原因の一つには、個人や環境要因について十分に考慮されてこなかったことがあると私は考えています。本稿では、そうしたBGMの効果に関わる様々な要因の中で、性格という個人特性について取り上げてみます。
心理学で一般的な性格の定義は、「個人を特徴づける持続的で一貫した行動様式」というものです。ある人がどのように感じ、反応するかは、その人がおかれた状況によって異なりますが、状況が異なっても同じ人であれば一定の共通性が見られるようにも思われます。そうした共通性が性格であるということです。また、心理学での性格の捉え方として、大きく類型論と特性論の二つがあります。類型論では、いくつかの典型的な性格のタイプ(類型)を設定し、様々な人の性格をこのタイプのどれかに属するものとして理解しようとします。例えば、心理学ではその科学的根拠が認められていませんが、血液型性格論は、血液型によって4つのタイプに性格を分類しているという意味で類型論的なものです。一方、特性論とは、性格の重要な側面(特性)を複数設定し、それらの特性各々に関してどの程度その傾向を有しているかという観点からある人の性格を捉えようとするものです。性格において重要な特性とは何かという点に関してこれまで多くの理論が提唱されてきましたが、近年は5つの特性をあげる、いわゆるビッグファイブ理論が有力です。この5つの重要な特性とは、外向性、開放性、勤勉性(誠実性)、協調性(調和性)、神経症傾向(情緒不安定性)で、外向性は自分の外の世界への興味の強さや社交性、開放性は新しい体験を受け入れる柔軟性、勤勉性は責任感や自分をコントロールする力の強さ、協調性は周囲の人に対する思いやりや配慮の強さ、神経症傾向は情緒の不安定さを意味しています。すべての人がこの5つの特性に関して特定の傾向を有しており、例えば、ある人は、外向性と協調性は高く、開放性と勤勉性はほどほどで、神経症傾向は低い、といったような形でその性格を特徴づけられることになります。
さて、私は2018年4月から6月にかけて、USENとの共同研究で、39名のオフィスワーカーの方々に参加いただき、彼らが実際に働くオフィスでBGMの効果について検証するフィールド実験を行いました。USENのオフィス向けBGMチャンネル(流れている音楽は軽めのジャズ、フュージョン、クラシック)を用い、3週間を1期間として4期間にわたりBGMを流す期間と流さない期間を交互に繰り返し、各期間の最後に期間中のストレス状態や気分状態、職務の遂行状況、仕事・会社への評価、BGMの印象などを尋ねました。また、最初に環境内の音に対する敏感性の測定やビッグファイブ性格テストも行いました。BGMの効果についての研究はこれまでも多数行われていますが、実際に人々が働いている現場でのフィールド実験はかなり少なく、貴重なデータを得ることができました。ここではそのごく一部のみ紹介しますので、興味を持たれた方は私たちの報告❶➋をご覧ください。
この実験で得られた重要な結果として、BGMの有無はストレスや気分、職務状況に直接影響するのではなく、流れていた音楽に対する個々人の評価を通じて効果を発揮するというものがあります。例えば、BGMが快適だと評価した人はBGMがあるときに不眠傾向が和らぎ、仕事がはかどったと感じていたのに対し、BGMが快適ではなかった人ではそのような効果はありませんでした。また、BGMの評価が高い人ほどストレスが低く、仕事やオフィスでのコミュニケーションが良好で、仕事や会社を肯定的に評価しているといった結果も得られました。BGMの評価と環境内の音に対する敏感性との間にも関係があり、音に敏感な人ほどBGMの評価が低い傾向が見られました。このことからは、BGMとして用いた楽曲そのものに対する評価とは別に、音に対する感受性によってオフィスでのBGM使用に対する態度が異なり、それが実際に流されている音楽への評価に影響しているという解釈も可能です(その後の私の研究では、音に対して敏感な人はBGM一般に対する評価が悪くなりがちであることが示されています)。つまり、オフィスでのBGMがストレスや職務遂行によい効果をもたらすためには、流されているBGMが快適なものである必要があるが、BGMの快適さは音楽だけで決まるのではなく、音に対する敏感さといった個人特性が関わっていると考えられるのです。
この研究では、もう一つの個人特性である性格に関してもBGMの効果に関係していることがわかりました。具体的には、協調性の高い人はBGMがある方が仕事がはかどるのに対し、協調性の低い人ではBGMの有無による違いは見られませんでした。また、勤勉性の高い人ではBGMがあると気持ちが充実し、積極的になれたのに対し、勤勉性の低い人ではBGMの有無による違いは見られませんでした。その他、開放性や神経症傾向に関しても、BGMによる気持ちの充実に関わっており、全般的に、協調性、勤勉性、開放性の高い人はBGMによる肯定的な影響を受けやすく、神経症傾向の強い人は逆にBGMによる否定的な影響を受けやすいという傾向が見て取れました。
さらに、最近の私の研究では、協調性の高い人ほどBGMの使用に対して肯定的な態度を持っていることや、外向性の高い人では課題を行っているときのBGMが気分に対して否定的な影響を与える可能性があることなどが示されています。
このように、ビッグファイブ性格理論の5つの性格特性のすべてが、直接的または間接的にBGMによる職務遂行や気分に対する効果に影響する可能性があるということになります。こうした個人特性がBGMの効果に及ぼす影響についてはまだまだ研究が不足していますが、ここで紹介した研究結果からも、個人特性による影響が無視できないものであることは確かであると思います。様々な個人特性を持っている人が共に働くオフィスでは、それぞれの個人特性を考慮したBGMの使用法を考える必要がありそうです。また、個人でBGMを用いる場合にも、自分の特性を把握して適切にBGMを利用することが必要です。そのために、個人特性の観点からBGMの効果についてさらに研究を続け、BGMを利用する際に役立つ知見を積み重ねていきたいと考えています。
❶山崎晃男・松本茂雄・森角香奈子・山森茜 (2019). オフィスにおけるBGMの効果:フィールド実験による検討. 日本音楽知覚認知学会2019年度春季研究発表会抄録集, 51-56.
➋山崎晃男・松本茂雄・森角香奈子 (2019). オフィスのBGM効果について. 音響技術, 48, 82-88.
大阪樟蔭女子大学 山崎晃男教授
専門は音楽心理学。BGMのほか、音楽演奏による感情表現と伝達、音楽と視覚との交互作用、合奏の心理的効果など、音楽に関わる心理について幅広く研究。インドネシアの民族音楽であるガムラン音楽の演奏家、作曲家としても活動中。全収録曲を自ら作曲した、2枚目のCDをリリース。