コラム
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音楽と脳

公開日:2024年8月8日

音楽と脳

脳神経科学者・篠原菊紀



モーツァルト効果は都市伝説なのか?

1993年に、ラウシャー(Rauscher)らが、Natureという有名科学雑誌に、「モーツァルトの音楽を聴くと、その後、空間認識能力テストの結果が向上する」ことを報告しました。空間認知能力とは、たとえば、ある図形をぐるりと回すと、どれと一致するかといった課題を解く力です❶。
空間認知力は数学や科学の基礎となる力なので、この研究は広く報道され、多くの人々が「モーツァルトの音楽を聴くと知能が向上する」と信じるようになりました。さらに、牛にモーツァルトを聴かせると肉質がよくなるとか、植物に聴かせると成長が促進されるとか、様々な形で「モーツァルト効果」が語られています。
植物ではクラシック音楽で成長が促進されたとする研究がいくつかあり、音楽の振動によるのではないかと考えられています。肉質では音楽によるストレスの低減がストレス物質コルチゾールの分泌を低下させ肉質がよくなるなどと推測されています。しかし、肝心のモーツァルトを聞くことで頭の働きがよくなるのか、については、その効果が認められたとする研究もあれば、認められないとする研究もあり、一貫しません。
一方で、モーツァルトの音楽を含む好みの音楽を聴くことは、気分や覚醒度を向上させる可能性があり、これが認知機能(あたまのはたらき)に影響を与える可能性があるということに関しては、おおむね認められています。モーツァルトを聞くと頭がよくなるというモーツァルト効果は都市伝説に近いですが、音楽の効果はあるのだろうというのがおおむねの合意です。



音楽は子どもの知能を高めうるのか?

さて、では音楽を学ぶことや聴くことは子どもたちの知能を高めうるのでしょうか?
シェリンバーグ(Schellenberg)らは、144人の子どもたちで検証しています。144人の子どもたちを、音楽レッスンを受けるグループと受けないグループに分けます。受けるグループは、キーボードまたは声楽のレッスンを受けます。それから、比較するグループとして、演劇のレッスンを受ける、または、受けないグループにわけます。グループの振り分けは無作為に、くじ引きのような仕方で割り付けます。そしてレッスンの前後にIQ(知能指数)を測定しました。
その結果、音楽のレッスンを受けた子どもたちは、受けなかった子どもたちと比較して、IQが向上していました。また学業成績の向上も示されました。一方、演劇グループの子どもたちは、適応的な社会的行動の改善が示されました❷。
音楽訓練を受けた子どもたちでは、脳の特定の領域、例えば、体を動かすことにかかわる一次運動野、音の理解にかかわる側頭葉のへシェル回、左右の脳をつなぎ情報のやり取りをスムーズに、そして多様にする脳梁などが発達していくことが観察されています。
この発達が、知的な、あるいは身体的な反応速度を高めることにつながり、IQテストの成績向上に役立っている可能性があります。また、IQテストの重要な要素にワーキングメモリ(作業記憶)があります。ワーキングメモリは記憶や情報を一時的に保持しながらあれこれ考えたり、実行したりする機能です。楽器演奏や音楽理解では当たり前にワーキングメモリを使います。即座に、多様に。このことがIQテストの成績向上や学力向上に反映したものと考えられます❸。
ワーキングメモリの力は18~25歳くらいがピークになります。子どもたちは伸びていき、おとなは低下していきます。最近の研究でワーキングメモリの力は、子どもたちでは年齢を重ねることで伸びますし、学校で過ごす年数によっても伸びることが明らかになっています。算数、国語、英語、理科、社会、音楽、体育、休み時間、友人と過ごす時間、みなワーキングメモリのトレーニングになっています。
中学入試などでは、知識を問う問題より、その場でちゃんと頭が使えるのか、考えられるのかを問う問題が多くみられます。これらはワーキングメモリの力を試している問題といえます。算数や数学の成績と脳活動を比較した実験では、小学中学年くらいまでは記憶に関係する海馬の働き(記憶の力)によって成績が決まってきます。しかし小学高学年以降では、ワーキングメモリに強くかかわる前頭前野の活動が成績に強くかかわっていきます。



ワーキングメモリを働かせるのに音楽が役立つ

最近の研究(2024)で、好みのBGMを聴くことが、注意力や課題の処理能力、ワーキングメモリの力を高めることが報告されています。
測定に使われた課題はGO/NO-GO課題と呼ばれるもの。例えば赤が表示されたらボタンを押す、黄色では押さない、という具合に、押し方のルールを頭に記憶しながら(メモリー)、次々課題を処理していくものです(ワーキング)。途中、黄色で押して、赤では押さない、といった頭を切り替える力も要求されます。ワーキングメモリの力と注意の持続力、切り替え力が要求される課題です。
余談ですが、わたしたちはキャンプなど野外活動を行うとGO/NO-GO課題の成績が改善することを報告しています。同時に、自ら課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する、いわゆる「生きる力」が向上することを報告しています。注意力やワーキングメモリの力、切り替え力が生きる力の基礎になっていると推測されます。
さて、好みのBGMを聴く場合、音楽を聴かない場合、あるいは、騒音を聴いている時と比較して、このGO/NO-GO課題の成績が向上していました。周囲に注意散漫なものが多い環境であっても、音楽によって課題への集中が高まり、心の迷いが減少していました。面白いことに注意を散らしている時間はむしろ長くなっていましたが、反応速度が上がり、成績もよくなっていたのです。
わたしたちは、ずっと注意が持続できればいいのに、高い注意力が保てればいいのに、などと考えがちです。しかし、短いタスクの間でも注意を持続し続けることは実は困難です。ですから、短いタスクの間でも注意のメリハリをつけることが、かえってパフォーマンスを高めます。好みの音楽はそのサポートをしてくれます。
そしてこの効果には音楽の種類はあまり関係ないらしく、好みの音楽であることが重要だと研究者は考察しています。好みの音楽で気分がよくなり、覚醒水準にメリハリがつく、その結果、高い覚醒水準が現れる。これがパフォーマンスの向上につながったらしいのです❹。



音楽は自由な発想のコントロールに役立つ

GO/NO-GO課題に音楽種は関係なく、好みの音楽こそがだいじだとお話ししました。一方で、音楽種がぼんやりしているときの、ぼんやり考える内容に影響することも報告されています。
人はぼんやりしているときに、デフォルトモードネットワークを働かせ、新たな発想を生み出したりすることが知られています。散歩中、入浴中、一休み中、心が遊んでいるような感覚になり(マインドワンダリングといいます)、それまで関係ないと思い込んでいた事柄がつながったりするのです。これがひらめきの一つの正体です。
英雄的な音楽と悲しい音楽の抜粋を62人に提示した実験では、どちらのタイプの音楽(英雄的な音楽、悲しい音楽)を聴いてもマインドワンダリングが生じました。私たちもUSENさんと協力して幸せな気分になる音楽を聴くことで想像力にかかわる脳部位の活動が高まることを報告しました。同じような結果です❺。
一方で、音楽のタイプがマインドワンダリング中の思考内容に強く影響しました。ヒロイックな音楽はより力づけられ、やる気を起こさせる思考を喚起し、悲しい音楽はよりリラックスさせ、抑うつ的な思考を喚起しました。どんな方向でひらめきたいのか、音楽によってコントロールできる可能性があります❻。
子どもが音楽を学ぶことは知能の向上に役立ちます。好みの音楽を聴くことは知能に深くかかわるワーキングメモリを働きやすくします。また音楽はこころを遊ばせるのに役立ち、新しい発想を生み出すのに役立ちます。その内容のコントロールもできます。ここでは触れませんでしたが、音楽がストレス低減に役立つことは繰り返し報告されています。 音楽に親しみ、音楽をうまく使いましょう。



おしまい

篠原菊紀教授

公立諏訪東京理科大学 篠原菊紀教授

東京大学、同大学院博士課程等を経て、公立諏訪東京理科大学応用情報工学科教授、医療介護健康工学部門長、学生相談室長。専門は脳神経科学、応用健康科学。主な出演番組にNHK「チコちゃんに叱られる!」「子ども科学電話相談」「あさイチ」、日テレ「頭脳王」、フジテレビ「とくダネ!脳活ジョニー」など。





参考文献

Rauscher, F., Shaw, G. & Ky, C. Music and spatial task performance. Nature 365, 611 (1993). https://doi.org/10.1038/365611a0

Schellenberg, E. G. (2004). Music Lessons Enhance IQ. Psychological Science, 15(8), 511-514. https://doi.org/10.1111/j.0956-7976.2004.00711.x

Hyde, K. L., Lerch, J., Norton, A., Forgeard, M., Winner, E., Evans, A. C., & Schlaug, G. (2009). "Musical Training Shapes Structural Brain Development". The Journal of Neuroscience, 29(10), 3019-3025.

Kiss, L., Linnell, K.J. The role of mood and arousal in the effect of background music on attentional state and performance during a sustained attention task. Sci Rep 14, 9485 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-60218-z

【USENのBGM研究】 ひらめきをもたらすBGMの研究

Koelsch, S., Bashevkin, T., Kristensen, J. et al. Heroic music stimulates empowering thoughts during mind-wandering. Sci Rep 9, 10317 (2019). https://doi.org/10.1038/s41598-019-46266-w

論文: Saarikallio, S., & Erkkilä, J. (2007). "The role of music in adolescents' mood regulation". Psychology of Music, 35(1), 88-109.
要約: 音楽は子どもたちや青年の感情調節に重要な役割を果たすことが示されています。音楽を通じてストレスを軽減し、感情を表現する手段を提供することができ、特に思春期の子どもたちにとって有益であることが強調されています。

音楽と社会性の発達:
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論文: Kirschner, S., & Tomasello, M. (2010). "Joint music making promotes prosocial behavior in 4-year-old children". Evolution and Human Behavior, 31(5), 354-364.

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要約: 共同で音楽を作る活動(例えば、合奏や歌唱)は、幼児の社会的行動を促進することが示されています。この研究では、4歳の子どもたちが共同で音楽を作ることで、協力的で助け合いの精神が高まることが観察されました。


Thoma MV, La Marca R, Brönnimann R, Finkel L, Ehlert U, Nater UM. The effect of music on the human stress response. PLoS One. 2013 Aug 5;8(8):e70156. doi: 10.1371/journal.pone.0070156. PMID: 23940541; PMCID: PMC3734071.
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方法 60名の健康な女性ボランティア(平均年齢25歳)を対象に、標準化された心理社会的ストレステストを行った: 1)リラックスできる音楽('Miserere'、Allegri)(RM)、2)水のさざ波の音(SW)、3)音響刺激なしの安静(R)。すべての被験者において、唾液コルチゾールと唾液αアミラーゼ(sAA)、心拍数(HR)、呼吸性洞性不整脈(RSA)、主観的ストレス知覚と不安を繰り返し評価した。我々は、ストレステストの前にRMを聴くと、SWやRと比較して、測定されたすべてのパラメータにおいてストレス反応が低下するという仮説を立てた。

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結果 ストレッサーに対するコルチゾール反応(p = 0.025)は、3つの条件で有意に異なり、RMで最も濃度が高く、SWで最も低かった。ストレッサー後、sAA(p=0.026)のベースライン値への到達は、RM群の方がR群よりもかなり早かった。HRと心理学的指標は群間で有意差はなかった。
結論 本研究の結果は、音楽聴取が心理生物学的ストレス系に影響を与えることを示している。標準化されたストレス要因の前に音楽を聴くことで、自律神経系(回復が早まるという意味で)に主に影響を与え、内分泌系と心理的ストレス反応にはそれほど影響を与えなかった。これらの知見は、音楽が人体に及ぼす有益な効果をよりよく理解するのに役立つだろう。

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