コラム
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音楽評論・作詞家 湯川れい子

公開日:2024年5月21日

パーソナル・ソングのすすめ

音楽評論・作詞家 湯川れい子



音楽が心身の健康に好ましい効果を持っていることは、すでに医学の見地からも広く認識されていることです。



アメリカでは、1944年(昭和19年)に、ミシガン州立大学で、教育課程に音楽療法という科目が新規に加えられて、世界で最初のプロの音楽療法士が誕生を迎えています。



これは、ちょうど第二次世界大戦が終りを迎える直前のことでしたが、実は音楽が戦争で傷ついた深いPTSD(心的外傷後ストレス障害)の治療に良い効果をもたらすと知られるようになったのが、それ以前の第一次世界大戦(1914年~1918年)の医療現場からだったと言われています。



そして日本でも、さまざまに枝別れして研究されてきた音楽療法が、エビデンス~根拠と医学的な裏付けを伴った方法論や学問としてまとまって、医学博士、日野原重明先生を理事長に(一般社団法人)日本音楽療法学会として正式に発足したのは、1995年のことでした。



そして発達障害や精神障害などの医療現場などに音楽療法士が参加して、それぞれの方法論で音楽を使って心身の健康に取り組んできたのですが、中でも最も大きな現場が、老人介護、ご老人が集団で暮らす高齢者施設や、地方自治体が提供するデイサービスの現場などへの、音楽を伴ったサービスやボランティア活動であったように思っています。



私は日野原重明先生と共に、日本音楽療法学会の理事として30年間近くも、音楽療法の国家資格化を目指して活動して参りましたが、そんな活動の中で、目覚ましいショックを受けた出来事がありました。それは2014年、今からちょうど10年前に公開されたアメリカ映画の「パーソナル・ソング」と出会ったことでした。



アメリカでも認知症は回復の見込みが無い、治療法が無い症状であると言われているのですが、日本と同じように集団で老人達が暮らすホームや、認知症の老人を家庭に訪ねて、少しでも老人の記憶を取り戻し、元気や笑顔を与える事に心を悩ませるセラピストが、「単に心地良い音楽」や、そのクライアントが子供の頃に聞いたであろう「その時代の音楽」を取り上げて聞かせるのではなく、それぞれの個人が、最も過敏に反応する『パーソナル・ソングと呼べる曲を捜して聴かせる』という方法を考えついて実践したところ、それまでいつもセラピストに怒った顔しか見せなかったクライアントが涙を流して喜んで、昔の楽しかった頃の記憶を話してくれたり、とても熱心に踊るようになったりと、実に具体的な変化を見て取ることが出来たシーンが、ふんだんに登場するのを見て、感動したものでした。



日本でもひと頃の老人ホームというと、「赤とんぼ」や「故郷(ふるさと)」「みかんの花咲く丘」など、定番の歌が多かったものですが、それにもだいぶ前からかげりが見えてきています。



「いかにも老人くさくて嫌だ」と言う声を聞いていますし、「赤とんぼ」を聞くと、いつも広い農家にお婆ちゃんとポツンとしていて寂しかった記憶しか無いといった声もありました。



また年代的にも、ビートルズが出て来た1964年からでも60年もたっているので、当時15歳だった少女が今は75歳。もちろん現役で働いている人も多いでしょうが、病気などが原因で、早くも施設に入っておいでの方もいらっしゃる事でしょう。そうなると、もはや「赤とんぼ」や「七つの子」などでは辛いのですよね。



そこでパーソナル・ソングの出番なのですが、パーソナル・ソングとは、文字通り「個人の歌」と位置付けられる歌のことです。



その人の成育環境にもよりますが、親が音楽に親しんだりしていると、3~4歳か、7~8歳あたりに、かなり強い刺激で音楽が記憶の中に残っているお子さんが見受けられるのです。



そこで「3~4歳。または7~8歳あたりに聞いて好きだった曲を挙げて下さい」というリクエストを取って、次に「18歳~20歳。恋をしたりデートをした頃の今も最も楽しくて記憶に残っている歌」というのを、具体的に10曲くらいリストアップしてもらうのです。



そしてこれはあなたが別に音楽療法士や、介護施設で働いておいでの方ではなくても、将来、あなたがあなた自身のために、日常的に気分転換や軽いストレッチ、又は散歩の時に聴く音楽として身近に置いておくと、必ず役に立つ時が出てくることでしょう。



ちなみに私は戦争中に育っているので、3~4歳から7~8歳の頃の音楽といわれても、何ひとつ楽しく想い出せるものはありません。むしろ中学1年の13歳から15歳の頃。そしてかなり危なっかしい青春の遊び盛りの19歳から25歳頃の音楽を、「パーソナル・ソング第1集」と「第2集」としてリスト・アップ。これは今も、そしてこれから先も、記憶があやふやになってきた時に、一生役に立ちそうだと考えて、単に紙に書いておくだけではなく、時間のある時にインターネットで、音源を探してダウンロード。CDに入れて大切に書棚にキープしています。



そしてこのパーソナル・ソング探しは友人にもすすめていて、息子さんや娘さんに手伝ってもらいながら、時には持ち寄ってパーソナル・ソングを聴くティータイム・パーティを楽しんでみるのもいいね、などと企画しているところです。



音楽評論・作詞
湯川れい子


湯川れい子様

湯川れい子 プロフィール

東京都目黒で生まれ、山形県米沢で育つ。
昭和35年、ジャズ専門誌 『スウィング・ジャーナル』 への投稿が認められ、ジャズ評論家としてデビュー。その後、16年間に渡って続いた 『全米TOP40』を始めとするラジオのDJ、また、早くからエルヴィス・プレスリーやビートルズを日本に広めるなど、独自の視点によるポップスの評論・解説を手がけ、世に国内外の音楽シーンを紹介し続け、今に至る。
また、作詞としては、主な代表作に『センチメンタル・ジャーニー』、『恋におちて』などがあり、ディズニー映画「美女と野獣」「アラジン」などの日本語詞も手がけている。
2004年10月には、聖路加国際病院名誉院長・理事長の日野原重明氏と共に、音楽が持つ根源的な力を医学、精神、芸術等様々な角度から分析し、分かりやすく解いた初の対論集 『音楽力』 (海竜社)が発売され、既に10版目に入っている。
近年は、平和、健康、教育、音楽療法などボランティア活動に関するイベントや公演も多い。
日本作詩家協会顧問、日本音楽療法学会理事、USEN放送番組審議会委員長などを務める。

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