コラム
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認知症専門医 佐藤正之先生へのインタビュー

公開日:2022年8月31日

認知症と音楽

認知症専門医 佐藤正之先生へのインタビュー



認知症に対する音楽の効果について、神経内科医で認知症専門医の佐藤正之先生にインタビューしました。

まず、先生が認知症と音楽の研究に取り組まれたきっかけを教えてください。


私は神経内科医で認知症専門医ですから、診療で患者さんを対象として診ているというのがまず一つですね。また、認知症予防に関する非薬物療法の取り組みで、今有効性が確認されているのは運動だけなのですが、高齢者向けの音楽体操の取り組みに参加したというのも一つのきっかけです。
その研究では参加者を①何もしないコントロール群、②音楽体操をする群、③音楽なしで、音楽体操と同じ内容の運動をする群に分け、認知機能に対する効果を比較しました。その結果、運動をする際には、それに適した音楽がついていることによって、効果がより増すということが明らかになりました。
さらに、この取り組みを五年間継続して実施したところ、何もしないよりはやはり運動をした方が認知機能が改善したんですね。そしてやはり音楽がある群が音楽なしの群よりさらに改善されたんです。
これは健常高齢者の方を対象に行った取り組みでしたが、認知症の方であればどうなのか、ということも疑問として出てきましたので、今度は軽度から中程度の認知症患者さんを対象に半年間、音楽体操を行う群といわゆる「脳トレ」を行う群とで比較を行いました。
生活動作(日常生活を送るために最低限必要な日常的な動作のこと。主に起居動作や移動、食事、更衣などの動作)を観察して比較すると、脳トレ群は有意に悪くなったのですが、音楽体操群は半年間で全然変わりませんでした。つまり、本当であれば悪くなるところを維持できたという効果が見られました。また、健常者の方で効果が見られた検査項目については、認知症の患者さんでもやはりよくなったりしていましたね。
脳トレがよくないということではなくて、脳トレ群では記憶の検査がよくなっていました。なので、結論としては音楽体操と脳トレでベストな組み合わせがあるのではないかと思います。
音楽による認知症予防というより、音楽体操による認知症予防あるいは進行抑制なので、決して音楽だけによる効果ではなく、音楽による運動効果の上乗せですが、こうした取り組みを行ったことは、認知症と音楽の研究につながるきっかけですね。


音楽によって効果が上乗せされた、ということですが、その仕組みは科学的に解明されているのでしょうか。


まだ解明はされてはいないですね。これからどこまで解明できるかはわかりませんが、研究しないといけないところです。
私の著書(※「音楽療法はどれだけ有効か―科学的根拠を検証する」DOJIN選書)にも書いているのですが、いくつか機序として考えられものはあります。
一つ目は、音楽の伴奏がつくことによって、運動そのものの効果が増強されると考えられます。例えば、行進するときにマーチがついているほうが歩きやすいとかですね。フィギュアスケートなんかもそうでしょう。運動のリズムにきちっと合った、いい音楽がつくことによって運動自体の効果が高まるということはあると思います。
二つ目は、歌うときもそうですが、運動するときもかなり複雑な作業を脳がしていて、それを繰り返すことによって認知機能への効果が得られるのではないか、ということです。まず運動にしろ歌にしろ、鳴っている音楽を聞いて、そのテンポとかリズムとかを分析して、それに合わせて運動したり歌ったりするわけですよね。運動だったらそれをしながら自分の運動がその鳴っている音楽のテンポやリズムに合っているかどうかを認識して、もしずれていたらそれを自分の運動にフィードバックして調節するということをリアルタイムで全部やっています。無意識に誰もがしていることですが、かなり複雑な認知作業なんですよね。それを繰り返すことは機序の一つとして考えられます。
三つ目は、音楽が入ることによって頭頂葉が刺激されるということです。前述の音楽体操の取り組みで一番効果が見られたのは、視空間認知の改善だったのですが、視空間認知には脳の頭頂葉という部分が関わっていて、この頭頂葉は音楽の認知にも関わると言われているんですね。例えばピッチの高低というのは、ベースラインに対して高いか低いかだから、ある意味視空間認知の機序と一緒なんですよ。



ありがとうございます。ここまでも様々な事例を交えてお話していただきましたが、音楽療法がうまくいった事例が他にもあれば教えてください。


そうですね。以前三重大学にいた際に音楽療法を8年ほど継続して行っていたのですが、アルツハイマー型認知症の方に効果が見られた例があります。
アルツハイマーの方は8年経つと、認知機能自体はものすごく悪くなってしまいます。軽度の時に参加し始められた方が8年経つともう重度になってしまうのですが、音楽療法のセッションに来ている時だけは昔のまま全然変わってないと、その方のご家族がお話されたことがありました。進行していく病気なので時間の流れには勝てませんが、少なくとも音楽療法に参加している時間に関して言うと、維持されているということがあると思います。
また、認知症とは違いますが、目に見える形でわかるのはパーキンソン病の歩行障害への効果ですね。ご主人がパーキンソン病で歩きにくいというときに奥様が私の本を読まれて、「本に書かれていた音楽療法を取り入れたら主人がスタスタ歩くようになった」というお手紙をいただいたことがあります。パーキンソン病に対する音楽療法の効果は既にエビデンスとして確立していて、音楽療法によって歩行障害が改善したとデータでも示されています。


「認知症予防になる」と言われているものは非薬物療法でもいろいろあると思いますが、その中で音楽は他の療法とどう違うのでしょうか。


そうですね。それぞれの非薬物療法間で、どのような効果の違いがあるかということは、まだ研究としてはされていないですね。もちろん好みとかもあるでしょうし、回想法なんかは昔の事を思い出してもらうことになりますから、中には昔のことは思い出したくない、という人もいるでしょうし。
音楽体操の効果研究で、MRIを撮って観察スタート時とその後で脳の容積の変化を比較すると、音楽体操群と脳トレ群とで変化の仕方が異なったということはありました。軽度から中程度の認知症の患者さんを対象としたとき、音楽体操の開始時点で、音楽体操群の方は、前頭葉の内側面の容積が比較的保たれていて、脳トレ群は前頭葉の外側面の方が比較的保たれていました。要は、それぞれ保たれている脳の部分が違ったんですよね。それは言い換えると、脳のどこに変化が起きているかがわかれば、それに合った非薬物療法を選択できるかもしれないということです。例えば前頭葉の内側面が保たれている人は脳トレよりも音楽療法の方がいいのかな、ということや、逆に外側面が保たれている人であれば脳トレがいいのではないかと考えられます。
それぞれの非薬物療法で、障害部位との関係や残されている能力との関係で、どういう療法が一番効果ありそうか、ということは恐らくある程度はあると思います。例えばアロマテラピーをやろうと思ったら匂いの認知に関わる側頭葉などの働きが正常でないといけない、といったようなことは考えられますが、まだあまり検討されていないのが現状です。



ここまで認知症と音楽について、音楽だけの効果ではなく上乗せ効果であることや、まだまだ解明されていないことも多いということを伺ってきましたが、BGMを提供しているUSENとしましては、音楽療法まではいかなくても、手軽に取り入れられる認知症予防の一つとしてBGMがお役に立てるとよいなと思います。


そうですね。例えば寝る時にどんな曲を流したらよいのか、ということをレビューでまとめた研究がありますし、また、訪問診療の際に音楽療法士の方も一緒に行って、ベッドの横でちょっとした演奏してあげたりすることで患者さんの気持ちが落ち着いたりという事例もありますね。
また、BGMがあると痛みがやわらぐ、ということは報告されています。例えば、手術の導入や術後に音楽を流した人とそうでない人では、術後に痛み止めのモルヒネの使用量が違うなど、痛みに対して有効性があるということはある程度言われていますよね。臨床の場面でも痛みを伴う処置、例えば胃カメラや大腸ファイバーなど意識がある状態で検査をするようなところでは好きなCDを持ってきてもらってその音楽を流しながらやったりします。
BGMで問題を解決することはできなくても、診療や患者さんの助けになることはあるでしょう。


佐藤正之特任教授

東京都立産業技術大学院大学 佐藤正之特任教授

音楽大学を卒業後、医学部に入学。専門は神経心理学、認知症医療学。失語をはじめとする高次脳機能障害の診断・リハビリに加え、音楽認知の脳内過程、音楽療法について研究している。2017年に大動脈解離を発症し脊髄梗塞を合併、下半身麻痺となり、以後身障一級で車椅子生活である。

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