公開日:2021年3月29日
学校空間とBGM
京都精華大学メディア表現学部 音楽表現専攻 博士(工学)小松正史 教授
生徒たちにとって快適なBGMで適切な音環境を
学校空間の音環境を考える上で大切なことは何でしょうか? 生徒と教員がコミュニケーションしやすい音環境を整えることが第一点で、心理面によい効果を及ぼす音の提供が第二点であると、私は考えています。
現状の学校空間はどうでしょうか? 生徒の心理面を整える手前の段階で留まっています。例えば、教室内に響き渡る机やイスを引きずる音。想像以上に大きな音量です。外から漏れ聞こえてくる工事や交通の騒音などにも悩まされています。別の教室から侵入する声や談笑の存在が、注意すべき声聞き取りを邪魔します。
さらに、建物空間の形状によって残響音が増し、声の聞き取りが不明瞭である事例も多くみられます。このようなネガティブな心理を誘発させる音環境では、生徒の活動ポテンシャルが十分に発揮できません。
そこで、人の心理面に訴えかけやすい「BGM」の効果について考えてみます。学校空間にマッチしたBGMの運用があるとすれば、それを使わない手はありません。
学校空間に見合ったBGM提供の方法を探るための印象評定実験を実施しました。福岡県にあるT中学校でBGMが学校教育環境に及ぼす効果測定を2回行いました(2019年末〜2020年初頭に実施。1回目が461名で、2回目が445名)。
BGMを流すタイミングは次のとおりです。授業時間以外の12の時間帯(登校・清掃・各10分休み×6・給食・昼休み・5分休み・下校)に、USENによるBGM特別プログラムを設定し、40〜45dB程度の音量で校舎に設置してある既存スピーカを使い再生しました。プログラム内容は、USENチャンネル(「小鳥の声」「ミュージック・セラピー ~心の癒し~」「ヒーリング・クラシック」「季節音楽 (J-POPインスト)」)です。
まずは「BGMなし」の印象評定と現状の学校の音環境について説明します。教室内の付帯物(椅子・机・ドア・黒板)が出す音をネガティブに感じていることがわかりました。学校空間にBGMが必要と回答した割合は44%で、BGMへの期待が高いこともわかりました。
続いて「BGMあり」の印象評定を行いました。条件(「BGMなし」「BGMあり」)の比較をすると、「やる気が出る」「作業がはかどる」「話しやすい」「皆がまとまる」「集中する」といった『動的な心理指標に関わる評定』で顕著な有意差が確認されました。BGMを流すことで、意欲に関する動機づけが促進されていることを示す結果です。一方で「落ち着く「ゆったりする」いった『静的な心理指標に関わる評定』では顕著な効果はみられませんでした。
BGMを流す時間帯別にみていくと、給食時間で最もポジティブな評価がありました。ところが、昼休では最もネガティブな評価となりました。登校時・清掃時・給食時には「音楽が流れる方がよい」との意見がありました。掃除時は「音楽が流れると集中しやすくなる」、5,10分休みは「気持ちの切りかえになる」、給食時は「食べやすさが増すが、会話の邪魔になる」、昼休みは「騒がしさが増し、活動や作業の妨げになる」との反応がありました。休み時間の活動内容や生徒の特性にマッチした選曲を行えば、BGMの効果が期待できそうです。
以上が授業外の休み時間についてのBGMの可能性です。それでは授業内ではどうでしょうか。私が勤務する大学の教育現場において、学習タスクにマッチしたBGMの検証も行いました。「読む作業(情報のインプットタスク)」と「書く作業(情報のアウトプットタスク)」にマッチするBGMの特徴とは何かを探りました。
「読む作業」では目から入力される情報処理を邪魔しない音刺激(川の音などの自然音)が好まれました。「書く作業」では脳内で処理される思考の出力過程を邪魔しない音刺激(刺激の少ないシンプルなピアノ曲など)が好まれ、作業効率を高める可能性があることがわかりました。
このように、学校の時間割や生徒のタスク内容に応じたBGMの導入は、学校空間にあるネガティブな騒音をマスキングすることや、生徒のヤル気もアップするといった二重の効果を秘めているのです。
小松 正史(こまつ まさふみ)
京都精華大学メディア表現学部 音楽表現専攻 教授 博士(工学)。
環境音楽家・音育家・博士(工学)。日本音響学会会員。
1971年、京都府宮津市生まれ。
音楽だけではない[音]に注目し、それを教育・学問・デザインに活かす。
専門分野は聴覚生態学 (サウンドスケープ論)と音響心理学。
聴覚や身体感覚を研ぎ澄ませる、音育や耳のトレーニングを実践。